植物ゲノム解析の現状

 2000年12月13日、かずさDNA研究所などは、シロイヌナズナのゲノムの全塩基配列を解読し終わったと発表した。植物としては世界初の業績である。

シロイヌナズナは北半球に広く自生するアブラナ科の植物で、ダイズやイネ、トウモロコシなど「産業植物」に対して、「モデル植物」と呼ばれており、植物の基礎研究の実験材料として広く使われてきた。世代交代が1〜2カ月と早いこと、遺伝子組み換えがしやすいこと、小さいので実験室での栽培・観察がしやすいこと、などがその理由だ。

 こうした重要性から1996年8月、シロイヌナズナの全ゲノム解析を目指す国際共同プロジェクトがスタートした。日本からは千葉県出資の財団法人、かずさDNA研究所のみが参加し、全体の約23パーセントを担当した。そして各グループの論文が『ネイチャー』12月14日号にいっせいに掲載された。全塩基配列のデータは無料で公開され、世界中の研究者が自由に利用できるようになった。

 シロイヌナズナのゲノムには2万5498個の遺伝子があることが判明した。なかにはすぐに産業的に応用されそうな発見もあった。既知の遺伝子との比較の結果、200個以上の耐病性遺伝子が見つかったのだ。生長や開花、栄養要求、耐病性などの遺伝子は多くの植物で共通している。

だからシロイヌナズナで見つかった遺伝子の情報は、イネやコムギ、ダイズなど産業植物の遺伝子組み換えにも応用できるのだ。タネが生長し、花が咲いて、実がなるという過程はどの植物でも同じだ。そういうものはシロイヌナズナで調べればいい。同じような遺伝子が働いている可能性が高いからだ。

 かずさDNA研究所は最近、ミヤコグサというマメ科植物のゲノム解析を開始した。同研究所は2000年12月21日、ミヤコグサに共生し、窒素を固定する能力を持つ根粒菌の一種メソリゾビウム・ロティの全塩基配列を解読したと発表した。窒素は植物の生長に不可欠である。根粒菌は大気中の窒素からアンモニアをつくり、植物にそれを供給する。根粒菌と共生しない作物の生長を速めるには、窒素肥料を与えるしかない。

しかし窒素肥料の生産は膨大なエネルギーを必要とするだけでなく、その使いすぎは土壌を汚染する。農家にかかるコストも無視できない。ミヤコグサのゲノムを解読し、窒素固定のメカニズムが明らかになれば、窒素を肥料ではなく空気中から直接取り込むことができる作物を開発することも、将来的には夢ではないという。

 今年1月26日には、アメリカのミリアッド・ジェネティクス社とシンジェンタ社が、イネゲノムの全塩基配列を解読したと発表した。穀物のゲノムが解読されたのは初めてだ。解読されたデータは、契約を結んだ企業や研究機関に提供するという。イネゲノム解析は日本の農林水産省を中心とする国際コンソーシアムも進めてきたのだが、民間企業に先を越されたかたちになった。

 3月28日には、日本の農業生物資源研究所と農林水産先端技術研究所が、イネの第1染色体の全塩基配列を解読したと発表した。この中には約7000個の遺伝子がありそうだとわかった。データは無料で公開され、その精度はきわめて高いという。イネは主要穀物の中ではゲノムのサイズが最も小さく、トウモロコシやコムギなどのゲノムの構造が似ているので、イネのデータはそれらの重要遺伝子を発見することにも役立つ。

 今後は、データの公開方法や特許などをめぐって、ヒトゲノムと同じような「官vs民」の争いが生じる可能性がある。また、植物のゲノム解析が次々と進むことによって、新たな遺伝子組み換え作物を開発するために役立つ"材料"がどんどんと出てくることにも注意を向けておきたい。

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粥川準二