遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン
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北海道食の自給ネットワーク 大熊久 3月5日、北海道は遺伝子組み換え作物に関するガイドラインを発表しました。これは2005年に予定している「食に関する条例(仮称)」が施行されるまでの間、GM作物の屋外栽培を規制する目的で作られたものです。一般圃場や市民農園、研究機関など、すべての屋外栽培に対して厳しい規制を盛り込んだガイドラインは、全国でも初めてのこととあって、道内外から注目を集めていますが、今回はその背景と制定までの流れを報告します。 ガイドライン制定の動き 国内初のBSE問題が発生して以来、食品の産地偽装や未登録農薬の使用の問題など、食にまつわる事件が立て続けにおこり、消費者は食に対して、大きな不安や不信を持つようになりました。日本の食料基地と言われる北海道の農畜産物も、大きなダメージを受けたことは言うまでもありません。道はこれを契機に、消費者に本当に信頼される「北海道の安全な食」を作ろうと、2002年農政部に「道産食品安全室」を設置、同時に「道産食品安全政策会議」を開催して、学識者、生産者、流通業者など様々な立場の委員による会議を重ね、「道産食品“安全安心フードシステム”推進方針」を作成しました。私はこの時、委員として参加していましたが、GM作物については、輸入時の検査体制の強化が盛り込まれた程度でした。 しかし、この年、北見の一般圃場でGM大豆の実験作付けが行なわれたことが発覚。翌2003年2月の「北海道食の自給ネットワーク」のフォーラムでは、急遽テーマをGM作物にし、天笠氏、河田氏を講師に300人の市民が参加した集会を開催。その後、5月に札幌の独立行政法人北海道農業研究センターでGMイネの実験栽培が強行され、にわかに反対運動が大きなうねりを見せはじめました。 この間、道はGM作物に関する情報を集め、7月に札幌で開かれたシュマイザー氏の講演会にも参加。道庁内でのGM学習会も4回開催し、9月の学習会には天笠氏と私が招かれ、反対派の立場で話をしてきました。この動きと前後して、北海道GMイネいらないネットワークによる署名活動や、道消費者協会の「GM作物反対声明」があったことは、すでにご存知のことと思います。 10月、道は「食に関する条例(仮称)」作成に向けて、指名及び一般公募の委員による「北海道の安全安心な食を考える会」(私も指名委員として参加。以下「考える会」)を開催。道産食品や食育に関する討議の中、GM作物への不安や栽培規制を求める意見が、私を含む多くの委員から出されました。12月には北海道有機農業研究会による「GM市民学習会(講師河田氏)」もあり、ここでも参加者の中に道職員の姿が見られました。 年が明けた2004年、道はガイドライン及び条例で、GM作物の屋外栽培を強く規制する方針を発表。2月には「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」が活動を展開した全国からの34万筆もの署名が高橋知事に提出されました。その数日後開催された第2回目の「考える会」では、GM推進派と反対派の傍聴人が見守る中、争点となったGM作物に対して、委員からは反対や栽培規制を求める発言が次々に出されました。そして、GM推進派のすさまじい反撃の中、ガイドラインの公表。 背景にあるもの、そして今後 今回ガイドラインで、多少とも推進派に譲歩した文言があったものの、一貫して規制の方針を貫けたことは評価に値すると思います。その根底には、農業を始めとする第1次産業を北海道の基幹産業と位置づけ、本当に安心で安全な食を作り出すこと、推進派のすさまじい攻撃があったにもかかわらず、そして権力にもおもねることなく、あくまでも道民側の意識に立った判断をすること、という信念を貫いた道農政部の姿勢があります。シュマイザー氏の講演で伝えたカナダのGM作物の実態や北海道GMイネいらないネットの署名提出は、大きなバックアップの力になりました。特に、農産物の7割を都府県に出荷している北海道にとって、2月に提出された全国からの34万筆の署名は、本当に大きな力となりました。 道民の6〜8割が不安や反対の意識を持っているGM作物。ガイドラインの流れを受けての条例とは言え、条例作りはこれからです。これからも道内で、全国でGM作物を作らせないようにする為に、力を合わせていきましょう。 |
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