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遺伝子組換えダイズの毒性に関する
イリーナ・エルマコバ博士の研究についての見解
京都学園大学バイオ環境学部 教授 金川貴博

 
1 エルマコバ博士の発表内容と政府の見解

エルマコバ博士が2005年10月に公表した報告は、遺伝子組換えダイズを食べさせたメスラットから生まれた子ラットの6割が3週間以内に死んでしまったというショッキングな内容であった。この死亡率は、非組換えのダイズを食べさせたラットの子(死亡率、1割)に比べて著しく高い。
この実験結果に対して同年12月に英国のACNFP(新規食品と製造工程に関する諮問委員会)が反論を出した。また、日本の厚生労働省と農林水産省は、2006年6月に、ホームページにACNFPの見解を引用しつつ、安全性に問題はないとする見解を示した。

2 私の見解

私は、公表された報告を読み、また、7月6日に行われた大阪での博士の講演を聞いた。講演では、さらに新しい実験の結果が追加されていて、全体を総まとめにした結果が報告されたが、講演内容には博士の主観が出すぎており、不適切な部分がいくつかあった。とはいえ、博士の実験の結果は注目すべきものであり、まず、結論から先にいうと、日本国政府は、遺伝子組換えダイズの安全性を再評価するための実験を率先して実施すべきであると考える。

エルマコバ実験では、ラットに与えたエサの違いが、ラットの生残率に影響したことが明確である。問題は、エサのどういう違いが生残率に影響したのかであり、それが遺伝子組換えに由来するのか、それとも別の要因なのかであって、博士の実験への批判は、エサの部分に集中することになるわけだが、英国のACNFPは、批判をしているだけで結論を出しているわけではなく、また、他の批判を見ても、組換えダイズの子孫への悪影響を否定できるような内容になっていない。

反論の1つとして、ACNFPは、ブレークらの論文(2004年)を紹介しているが、この論文は、オスのマウスの睾丸中の細胞について、一倍体と二倍体と四倍体との比率を調べた実験が主で、この実験がエルマコバ実験への十分な反証になっているとはとても言えない。しかも、これが組換え食品の子孫への影響を調べた唯一の論文だというのであるから、反証としてはあまりにお粗末な状況である。
東京都健康安全センターでも、子孫への影響を調べたそうだが、まだ、詳細が公表されておらず、しかもこれもラットではなくて、マウスを使った実験である。

これに対し、ダイズではないがちょっと気になる実験結果が厚生労働省から公表されている。実験を行ったのは、国立医療品食品衛生研究所で、ラットに組換えトウモロコシ(殺虫性、Mon810)を食べさせたところ、メスにわずかの体重増加抑制が見られたと報告している。

もしも、たとえば、ある種の魚とかキノコの安全性に問題ありという動物実験の結果が出たら、国がその実験結果を十分に吟味し、安全性に疑問が残る場合は、新たに毒性試験を行うなど、国としての責任を果たすべく、積極的に動くのではないかという気がするが、遺伝子組換え食品については、どうも国の動きが腑に落ちない。エルマコバ博士の最初の発表から9ヶ月が過ぎたというのに、出てくる話は、博士の実験の問題点を挙げて、その実験結果を闇に葬りさろうとする動きばかりである。この実験に対する最も効果的な反証は、ラットを使った実験のはずであるが、そういう実験を行おうとする動きがない。博士の実験の詳細が不明で、追試験ができないなどというのなら、それは言い訳にもならない。私が(おそらく多くの消費者も)知りたいのは、ラットの子に影響があるのかないのかであって、それにふさわしい実験を、国とか大学とかが行えばよいのである。

組換えダイズが世に出て10年にもなるのであるから、安全だというからには、エルマコバ実験のような結果が出ても、それをすぐに打ち消せるような材料が、どこかにあってもいいはずと思う。しかし、そういう材料が無いようであり、それなら、国が率先して、遺伝子組換えダイズの安全性を、再評価する実験を実施すべきであると思う。

3 安全性評価の実態と問題点

厚生労働省のHPの遺伝子組換え食品Q&Aの、「長期の毒性試験を行っていないのはなぜですか」という項目には、毒性試験は「科学的に必要がないと判断されれば省略することができるとされています。実際、これまでに安全性審査のなされた組換えDNA技術応用食品は、急性毒性に関する試験を実施しているものもありますが、慢性毒性等に関する試験は実施する必要がないと個別に判断されたものです。」と書いてあり、つまりは、安全審査に合格と言っても、慢性毒性試験はまったく行われておらず、急性毒性試験も一部でしか行われていない。
国の安全評価のもとになっているのは、FAO/WHO専門家協議会の報告(2000年)で、以下の記述がある。

「食品は、成分も栄養価も大きく変動するという特徴を持つ物質の複雑な混合物である。摂取の量的限界と食べ飽きるという効果のため、人間の食事に存在する量の数倍しか動物に食べさせられない。それに、食品に関する動物実験を行うときには、その食品そのものに直接関係しない悪い影響を誘発しないために、用いられる食品の栄養価と栄養バランスを第一番に考慮しなければならない。したがって、何らかの潜在的な悪い影響を検出し、それを食品の個々の特性にきちんと結びつけるのは、極めて困難である。(中略)会議では、食品まるごとに対して従来の毒物学的試験を適用することについては、すでに明確になっている実際上の困難があるので、それを遺伝子組換え食品に対する通常の安全性評価技術に使用しないということで合意した。また、会議では、意味のある情報を得られそうにない場合は、動物愛護の観点から、毒物学的試験の使用は正当化できないということを確認した。」(筆者訳)

しかし、だからといって、いきなり人体実験というのは納得しがたい。しかも、表示制度が厳密でなくて、どこでどれくらいの遺伝子組換え食品を摂取しているのか把握しきれない。
元FDA(米国食品医薬品局)専門官のマリアンスキー氏は、「遺伝子組み換え食品が世界で流通するようになって10年になるが、これまでに健康被害は確認されていない」と強調しているが、健康調査を行ったという話は聞いたことがない。安全性の評価は、上記のとおり、科学的には無理があるということを認めた上で、だからどうするのかという議論の末に現在の評価方法を決めたわけである。つまり、結局は人体実験ということになっているのに、表示も中途半端にしかしないし、健康の追跡調査もしないという矛盾したしたことを行っている。この矛盾はさておいても、もしも、安全性が疑わしいという話が出たなら、徒労になってもいいから、国が確認実験をしっかり行うことが必要であると思うのだが、組換え食品の安全性については、納得できないことばかりである。


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